2019/09/05

時計じかけのオレンジ

おかげさまで、耳の病気もほぼ回復し、ライブもできるようになりました。
さて、前回のライブで「時計じかけのオレンジ」のTシャツを着てステージに上がったところ、ライブ終了後何人かの人とTシャツ(映画)のことで話ができました。TPOを考えるなら、ブルーグラスバンドですから、ウェスタン調のアイテムをまとって壇上に上がるべきでしょうが、横着な私はいつも普段着です。まあ、結構目立ちますね、このデザインは。よく行くお店や楽器屋でも知らない人からこのTシャツのことを指摘されました。かなり古い映画であるにもかかわらず、話しかけてくれる人は決まって若い人で、意外な感じがしました。多分、今後も音楽好きの人やサブカル好きの人には人気のある映画として残るのでしょう。
原作はアンソニー・バージェスで、いわゆるディストピア小説です。自由か規律かという古くからの問題をかなりきわどく誇張した未来社会を描くことで風刺した内容になっています。高校生のときにはじめて読んだときは暴力描写とストーリーの展開にばかりに気を取られ作者の意図などまるでわかっていませんでした。『時計じかけ』はハヤカワのNVシリーズの一冊で、私の本棚には他にオーウェル『1984年』ブラッドベリ『よろこびの機械』があります。いずれも思い入れがある本です。




2019/03/22

●突発性難聴6

先日、病院に行き聴力検査をしてほぼ正常との診断を受けた。たしかにオージオグラム(聴力検査結果表)を見ると、正常な右側とほぼ同じような曲線を左側が描いている。厳密には完全に一致しているわけではないが、左右のそれぞれの平均の差もなくなり、治療はほぼ終わった。あとは定期検査で数か月後に病院に行くのみである。

耳鳴りはほぼ気にならない程度にまで軽減したし、めまいもない。そして退院後ひどかった聴覚過敏はかなり軽減しており、かなり気にならないレベルにまでなっている。退院直後はあれほどやかましかった街の雑踏や乗り物の音もさほど苦痛ではなくなってきた。これはうれしい。そして、昨日にライブハウスで演奏した。ライブではPAを使って大きな音をスピーカーから出すので耳への負担をかなり心配していた。だが、実際に演奏をしてみたところ、やや耳に響く感じはあったものの楽しく演奏できた。退院直後のライブでは耳が破裂しそうで、楽器の音がまるで工事現場の騒音のように聞こえ、ただただ苦痛だったことを考えると、かなり耳の状態は回復しているといえるのだろう。

概ね完治だが、気になる点もある。ときどき、頭の左半分にまるで巨大な「仮想かさぶた」がくっついているような、あるいは頭の中に水が詰まってるような、いわゆる耳閉感が強くなるときがあり、これが実に嫌である。今後このような症状がどの程度緩和するかはわからないが、とにかく楽しく音楽演奏できるほどに回復したのだからまあ良いと考えることにしたい。

2019/01/09

●突発性難聴5

予定通り、12月31日に退院した。病院内は比較的静かなので気が付かなかったが、街はものすごい音の洪水にあふれている。駅のアナウンス、人ごみのざわめき、スーパーの音楽。耳をふさぎながらでないと過ごせないような感じだった。
 静かな場所を求めて、正月は運動も兼ねて県内のいくつかの森林公園に行き、ウォーキングをした。汗をかくほどではないが、静かな環境で体を動かすのは気持ちが良い。
 そして、今日9日、病院に行き検査をした。聴力はほぼ正常値に戻っていた。本来ならば「完治」ということで喜ぶべきところだが、後遺症が残っている。耳鳴りや耳塞感はかなり軽減したが、聴覚補充現象、つまり聴覚過敏がある。主治医にそのことを問うと、いずれ無くなるか、気にならなくなるという回答だった。予想していた回答だったが、「無くなる」と「気にならなくなる」の差は大きいだろう。もちろん、無くなることが理想であるが、気にならなくなるにしてもそれがどのくらい先のことか知りたい。聴覚補充現象のようなものは聴力のように検査で数値化されるものではないので、医者から見れば、結局「気のせい」で片づけられてしまうのだろう。
 ともかく、耳をいたわるためしばらくは音楽活動は自粛である。スガシカオさんも突発性難聴を患い、その壮絶な闘病生活を自身のブログで赤裸々に綴っている。私は入院期間中かなりの不安の中にいて精神的にまいっていたが、彼のブログにはかなり勇気づけられた。プロアマ問わず、音楽を愛する者にとって耳はなくてはならないものである。音が正常に聞こえるということがいかに尊く、すばらしいかを入院中に思い知った。
 何度も繰り返して言うが、耳にちょっとでも異変を感じた人は、仕事も家事も投げ出して病院へ直行である。私はこのことを多くの人に伝えたいと考えている。